以前記事にもしましたが、二人目の子どもが欲しかったのに叶わず、落ち込んでいた時期がありました。
二人目はいつかと質問されるたびにうんざりしてしまってました。
でも今では息子との生活を楽しめています。
落ち込んだ時期からどう気持ちを切り替えたのか、私の場合のお話をします。
どこかで思っていた「兄弟がいた方が幸せ」ということ
以前の記事の中で、「結婚しているか」、「子供はいるか」、「子供が何人いるか」で、幸せの度合いを測られてしまうのが嫌だ、と書きました。
その考えは変わりませんが、ふと、「自分も知らず知らずのうちにその考えが基本になってしまってるんじゃないか」って思ったんです。
「二人目を妊娠した」と聞くと、「いいなあ~」って感情が真っ先に浮かんでいました。
「私はあきらめたけど、もう一人いたら今より幸せだな、二人目を妊娠した人は、私より幸せなんだな」。
他人と比べて 自分で幸せの度合いを測ってしまっていたから、こんな気持ちが生まれたんだと思います。
知らず知らずのうちに、そんな風潮が自分の中にも刷り込まれてしまったのかもしれません。
どうして子供が複数いると幸せだと思ったのか
私が二人目が欲しいと思っていたのは、どこかで、育児生活が終わってしまうのが寂しいという思いがあったからです。
二人目ができたら、また新生児から、子供と一緒の生活ができる。“2倍の期間、幸せな生活ができる”。
病気のせいで子供をあきらめている自分は、短い期間しか子供と一緒にいられない。
でもそれは、私の「子供が手を離れていくのが寂しい」という、マイナスな気持ちから。
兄弟がいる家庭がより幸せに見えるのは、自分の負のフィルターがかかっているから。
それに気づくのに時間はかかりました。
「子供はいつか 手を離れる」をプラスにとらえる
子供が新しく増え、子供と一緒にいる期間が長くなっても、いつかは手を離れるという事実は変わりません。
子どもが手を離れるのが寂しいからもう一人子供…という考えは変えなければいけないと思いました。
「育児」が自分の生活のすべてになり、「息子といる私」が自分になる。
その気持ちを変えられないままだと、子供が成長するたびにさみしさが増えていって、やがて自分の生活にぽっかり穴が開いてしまいます。

子離れができない親になってしまう…
もっと、母としてではなく、ひとりの人間としての人生を充実しようという気持ちに変えていきました。
自分の時間をしっかり楽しむことで、ストレスの発散にもなり、改めて子供との時間が新鮮なものになります。
自分自身の生活を充実させることで、子供がもっといたら「子供といる私」が長く続く、それが幸せ、という考えを変えていきました。
それが、「子供が一人でも幸せ」と思えることにつながったといえます。
>>親と子の理想の距離感は?親とうまく話せない私の実体験とともに
子供と向き合うかけがえのない時間、親子三人で暮らす幸せな生活をかみしめて、全力で楽しんでいきたいと、今は思っています。
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